Seventh-Note From Hawai'i


アルバムをリリース 

ハワイアンのフルアルバムを出したいと思ってから、かれこれ4年の歳月が経ってしまった。

勿論もっと早く出せたのだろうが、あまり急ぐと ろくな事が無いと自分に言い聞かせていたら、

気が付くと現在(いま)になってしまっていたのである。のんきに構えられる歳でも状況でもないのにも

関わらず、のんきに過ごして来てしまったツケが廻り、このアルバムは逆に慌ててリリースする形となった。

(このアルバムを制作しようと決めたのが、昨年の
12月頃だからのんきな部分は未だ 薄れていないのが

致命的ではあるが)周りの人には 満を持して と自ら語っているが、ものは言いようである



ハワイアンソングをアレンジ

そもそもハワイアンソングをアレンジして歌おうと考えたのは、ご存知の貴兄も多いとは思うけれど

元々 Blue-Moon というBAND(作詞.作曲.編曲.唄)で活動をしていた頃に、楽曲の中にハワイアンソングの

テイストを入れたいなと漠然と思ったのが始まりで、その後ハワイに渡り、紆余曲折ありながらも地元

ミュージシャンと共にハワイアンソングをプレイしながら、唄い方や楽器の演奏はどうやってるんだろう?と

毎日目を凝らして盗む生活が始まったのである。(現在そうした苦労も身になっていないのがちょっと痛い。)

日本に帰る前夜、ギターを弾いていたウェンディが食事会を開いてくれた。その時、 ”Yoshi、ハワイアンソング

は一つの曲を色んな人が歌っているから、その人それぞれの味を出せばいいんだよとお互い酒を浴びるよう

に飲みながらそう言ってくれた。二日酔いで帰る飛行機の中、今までオリジナルを作って来たテイストをハワイ

アンソングに入れて丸山嘉久が唄うハワイアンソングとして出して行こうと日本を飛び立った時とは全く逆の状態で、

3箱の段ボール箱と共に帰って来たのである。



レコーディング

メインのレコーディングには、埼玉の富士見市にあるスタジオ・リバージュで行った。自宅のある湘南からは

片道2時間以上かけて何度も通う事になったが、長谷川直樹氏のこだわって作ろうよの一言でお願いする

事にした。サブレコーディングは自宅のレコーディングブース落合堂で行い、打ち込み作業、音源変更等に

伴うデータ作成なども自宅で、こちらも膨大な時間を費やす事となった。また、このレコーディングに際して

新しくプラグイン音源及びH.Dレコーダーを導入した事が、結果、更に時間を浪費する事に一役買ってしまった

結局、演奏は基本的に全て一人でやる。というわがままとも取れそうなスタンスで進行している関係で、

ピアノの鍵盤に手を置いたままの居眠り等、時間だけがただ過ぎ去った事もしばしばあったが、

今までずっとそうしてきたので今更仕方が無い。LIVEでは、友達がいないからと言っている。

 このレコーディングに関してマネージャーのノンちゃんこと松木恵里子氏にも苦労をかけた事は言うまでもない

【このアルバムを多くの人に】 

いつCDが出来るの?という多くの嬉しい声に後押しされるように出来たこのアルバムを、ハワイアン好きの方や

海が大好きな方を始め、沢山の人に聞いてほしいと願って作りました。

現在、日本の中でのハワイアンソングと呼ばれるカテゴリーに属するかは解らないけれど、丸山嘉久が贈る

ハワイアンソングの世界を凝縮させたこのアルバムが、聞いて下さる方々一人一人に伝わり何かを感じて

貰えたなら幸いです。
                                   


2007.7 丸山嘉久

丸山嘉久によるSeventh note from Hawaiiのアレンジ解説はこちらから